早起きするクリエイター

旅するように暮らし、描き、生きる。
その先で出会った朝の魅力。

松尾 たいこ/イラストレーター・アーティスト

東京・長野・福井。
3つの住まいを巡る日々が、
生活と創作にもたらしたもの。

松尾さんには、3つの住まいがある。
東京を中心に、長野県の軽井沢、福井県の越前町・・・・・・
松尾さんは今、この3拠点を旅するように暮らしている。
現在、一部で注目を集めている「多拠点生活」というライフスタイル。
それは、彼女の日々の生活と創作にどんな変化をもたらしたのだろうか。
そして、そこにはどんな朝の時間が広がっているのだろうか。

多拠点生活のはじまり。
お気に入りは軽井沢の冬の朝。

まずは松尾さんが多拠点生活をはじめた経緯について語ってもらうことにした。

松尾 きっかけは、2011年の東日本大震災でした。私も夫も、東京の自宅で仕事をしていたので、「もしも、東京で大きな災害があれば、住まいと仕事場を同時に失ってしまう」というリスクを感じたんです。

なぜ、東京の「次の拠点」として、軽井沢を選んだのだろうか。

松尾 別荘地だからアクセスも便利。美味しい飲食店も多いし、食料品店も充実していて住みやすかったんですよ。多様な木々に囲まれた森の空気が気持ちいい。特に冬の朝の散歩は人が少なくて、あの静寂はお気に入りですね。

本来なら非日常を過ごす別荘地で見つけた住みやすさ。そこで日常生活を送るということは、意外な魅力があるようだ。

松尾 東京ではどうしても仕事中心になりがちですが、軽井沢では、夫とのんびり過ごしたり、散歩に出かけたりして、リラックスできるように心がけています。自分の内側にあるものをゆっくりと出して行く。そんな場所になっていますね。

福井で出会った新しい表現と、
ちょっと賑やかな朝。

軽井沢での生活を上手に取り入れた松尾さんが、新たな拠点と出会ったのは、それから3年後のことだった。

松尾 新しい表現をいろいろ模索していたとき、焼き物の上に絵を描く「陶画」と出会ったんです。本格的に勉強したいと思ったタイミングで、友人が福井県の福井市内に窯を買い、工房を開いたんですよ。しばらく通っているうちに、自分でもアトリエを借りることにしました。

こうして3つの住まいを持つに至った松尾さんは現在、1ヶ月のうち、2週間を東京で過ごし、1週間弱を軽井沢、1週間強を福井で過ごしているという。

松尾 朝6時からスタートして1日に何度か、町内に設置されている防災用のスピーカーから、ちょっと懐かしい童謡や洋楽が大音量で流れるんです。最初は驚きましたが、これがこの町の生活リズムなんです。あと、冬も雪景色がキレイみたいで。春夏秋冬、それぞれ違った朝が迎えられると思うとワクワクしますね。

早起きは愛犬とともに。
東京で気づいた朝の魅力。

ゆったりとした時間の中でイメージを巡らせる別荘地・軽井沢。そして、新しい表現に挑むアトリエ・福井。2つの拠点での広がる魅力的な生活を知ると、もうひとつ気になることが生まれた。それは、松尾さんが元々持っていた東京でのライフスタイルだ。

松尾 今でこそ、朝型の生活になりましたが、若い頃は、深夜まで絵を描いて、昼前まで眠るような暮らしがデフォルトでした。きっかけは12年前に犬と暮らしはじめたこと。いっしょに散歩したくて、自然と早く起きるようになりました。それと、虚弱体質を改善するために断食道場に通ったり、生活のリズムを変えたことも大きかったですね。

松尾さんに対して、アクティブでハツラツとした印象を持っていただけにこの話は意外だった。

松尾 朝が好きになったのは、その静けさに気づいたから。メールも電話も少ないから、事務処理や執筆に集中できる。東京では、午後にまとまった時間、集中して絵を描きたいので、朝の使い方が大事なんです。もちろん、仕事だけじゃなく、映画を観たり、美術館に行ったり、人に会ったりと、インプットも東京がメインになりますね。

仕事とインプットに集中する東京。リラックスする軽井沢。創作に没頭する福井・・・・・・松尾さんは、それぞれの拠点を旅するように暮らし、それぞれの朝、それぞれの時間を緩やかにつなげながら、そのクリエティビティを高めている。その様子は、想像するだけで楽しくなってしまう。

好きはたくさん、嫌いはなくして。
自分らしい空間のつくり方。

3つの拠点、3つの住まいを使い分けながら、軽やかに暮らす松尾さん。そんな彼女に、お気に入りの空間をつくるためのコツを聞いてみた。

松尾 まず、嫌いなものを置かないこと。好きなものだけを追求しようとすると疲れてしまう。例えばカチッと「北欧風」で全部そろえようとしなくたっていい。ダイニングテーブルはこだわるけど、カーテンはネット通販で買うとか。無名の中古品を混ぜてみたり、インテリアを自作してみたり。こういう楽しみ方って、リノベーションにも通じますよね。

この言葉通り、福井のアトリエは松尾さん自らふすまを取り払い、ロールスクリーンを設置したりして、D.I.Y.なプチ・リノベを実践しているという。

松尾 これからリノベしたり、家をつくりたいと思っている人は、映画や美術館など、たくさんのモノに触れておくのもオススメ。そうすれば、自分の中で好きなもの、嫌いなものを選ぶ基準ができてきますからね。

そして、3つもの住まいを持つ松尾さんが、家について、本当に大切にしている想いを語ってくれた。

松尾 やっぱり、家は「帰ってきたいと思える場所」にしたいですよね。それができれば、きっと、理想の住まいがつくれるはずです。

その言葉は極めてシンプル。でも、家づくりを考えている人にとっては、とても重要なヒントになり得る、素敵なメッセージとして響いたはずだ。

起きる時間や朝食の食べ方、それぞれの積み重ねが人生をつくっていく。そう考えると、朝ってとても大切なんです。

朝には1日を変える、
力があると思うから。

松尾 朝って、気持ちがいいですよね。その気持ちをその日ずっとキープできたら、毎日がもっと楽しくなると思いませんか?起きる時間や朝食の食べ方、それぞれの積み重ねが人生をつくっていく。そう考えると、朝ってとても大切なんです。

ごく自然に発せられる松尾さんの言葉は、どれも聞く者に新鮮な驚きを与えてくれる。さらに多拠点生活ならではの楽しみも語ってくれた。

松尾 拠点を増やすまでは旅行することが多かったんですが、移動も増えて、旅する機会が少なくなりました。でも、この生活自体がすでに旅なんですよ。旅をするように暮らせる。これが多拠点生活の醍醐味だと思います。

それぞれの地で迎える朝が、松尾さんの人生と創作と大きな影響を与えている。朝のかたちも、住む場所のつくり方も、仕事のしかたも、ひとつに決める必要なんてない。もっと自由に考えれば、もっと面白くなる。松尾さんの話には、そんな新鮮な発見に満ちていた。

松尾 たいこさん

イラストレーター・アーティスト

1998年よりイラストレーターとして活躍中。これまでに250冊以上、本の表紙イラストを担当。2013年に初エッセイ『東京おとな日和』(幻冬舎)を出版。2014年より、福井県で陶画プロジェクトにも取り組んでいる。

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